本研究室では,“疼痛”を中心に研究を行っています。
術後痛・急性疼痛から慢性疼痛、若年者から高齢者までを対象に疫学的調査、新しいリハビリテーション評価や治療法の構築を目指しています。
そして、疼痛を有するヒトの生活の質(Quality of Life)を向上できるように、研究を邁進していきたいと思っています。
現在の研究テーマ
- 術後慢性疼痛の疫学的調査
- 術後慢性疼痛を予防するための評価法の構築とリハビリテーションの開発
- 疼痛疾患に対するVirtual Realityを用いた新たなリハビリテーションの開発と効果検証
- 就労者が有する頚部痛・腰痛の調査と予防に対する評価とリハビリテーションの開発
- 地域高齢者が有する慢性疼痛の疫学的調査
- 疼痛患者に対するニューロリハビリテーション
研究助成
- 科学研究費(研究活動スタート支援)「運動学的分析に基づいた疼痛リハビリテーションの効果検証」
- 科学研究費(若手研究)「慢性腰痛患者に対するVRを用いたリハビリテーションの開発と効果検証」
術後慢性疼痛を予防するための評価法の構築とリハビリテーションの開発
術後患者の予後予測を行うために開発された新たな統計手法
術後痛の管理不足は、痛みを遷延化、慢性化させます。
術後痛の評価は、一般的に、Visual Analogue Scale(VAS)やNumeral Rating Scale(NRS)が使用されています。しかしながら、これらの代表的な評価データは患者間のばらつきが非常に大きいため、特定の1時点(術後1日目や術後7日目など)の痛み強度から症例の予後予測を行うことは非常に難しい現状にあります。
そこで、術後1週間の疼痛強度の経過からPain trajectory(傾き・切片=痛みの改善程度・術直後の痛み強度)を算出し、術後1年後の痛み強度の予後予測が可能かどうか、構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling:SEM)を用いてモデルの検討を行いました。さらに、Pain trajectory(傾きと切片)から類型化を行い、それぞれのグループの特徴を調査しました。
その結果、特定の1時点(術後1日目や術後7日目など)やPain trajectoryの傾きのみ、切片のみでは、予後予測の精度が低かったが、“傾き”と“切片”の両方を使用することで、優れた予後予測の精度を示すことができました。
さらに,決定木分析を行い,臨床現場で計算後に予後予測可能な値も算出しました.
無料公開:Pain Trajectoryの解析シート
下記URLより無料でダウンロードが可能です。
論文情報
術後患者が示す運動恐怖の定量化
術後遷延痛・慢性疼痛の発症率は約30~50%と言われており、中でも10%は、重篤な痛みを有します。
こうした、遷延化・慢性化する原因の一つとして、“運動恐怖”があり、それは運動障害にも悪影響を及ぼすことが報告されています。
この運動恐怖は運動学的分析によって定量化することが可能であり、特に「運動方向を切り替える時間」は運動恐怖と密接に関係していることから、「運動躊躇」と呼ばれています(Imai et al. 2018)。しかしながら、術後早期の運動躊躇が運動機能の改善に影響を与えるかどうかは明らかにされていませんでした。
そこで本研究では、指タッピング運動の分析によって、運動躊躇を定量化しました。
その結果、術後早期の運動の躊躇時間が術後1ヶ月後の運動機能に影響することを明らかにしました。
論文情報
就労者(医療従事者)に対する介入研究(RCT)を実施しました。介入群はpain neuroscience education(PNE)+個人に応じたエクササイズを実施、コントロール群は評価に応じたフィードバックのみです。痛みや痛みの心理面だけでなく,プレゼンティーイズム(労働生産性)も改善しました。
先行研究は、慢性疼痛に対してPNEのみでは効果が不十分であると報告されていますので、本研究のように運動と組み合わせることが重要であることが示されました。
地域高齢者とプレフレイルの関連性
地域高齢者が有する慢性疼痛とフレイルの関連性が多く報告されています。しかしながら、プレフレイルと慢性疼痛との関連性は明らかではありません。このプレフレイルは、健康な状態に戻る可能性もあり、フレイルの早期発見と予防が推奨されています。そのためプレフレイルと慢性疼痛との関連性を明らかにすることで、プレフレイルからの可逆的な健康状態への復帰を促進することが可能であると考え、調査しました。その結果、プレフレイルの慢性疼痛有病率は40,2%であった。さらに、プレフレイルの慢性疼痛には、破局的思考(無力感)とCSI(中枢性感作症状)が関連していることが明らかとなりました。
ニューロリハビリテーション-腱振動刺激による運動錯覚
臨床効果
橈骨遠位端骨折は頻度の高い骨折であり、かつ慢性疼痛(術後遷延性疼痛,複合性局所疼痛症候群:CRPS)を発症しやすい骨折の1つです。このCRPSの発症には、術後の痛み強度や不安が発症リスクとされています。つまり、橈骨遠位端骨折術後のリハビリテーションでは、痛みと不安を考慮したアプローチを実施、手関節の運動機能を改善させる必要があります。このような視点から、本研究では痛みの情動的側面(不安・破局的思考)を惹起させずに運動を感じることのできる「腱振動刺激による運動錯覚」を利用したリハビリテーションの効果検証、ならびに鎮痛メカニズムを検証しました。
① 「腱振動刺激による運動錯覚」とは、腱に振動刺激を加えると筋紡錘が興奮し、刺激された筋が伸張しているという情報が脳内へ伝えられることによって「あたかも関節運動が生じているような運動錯覚」が生じる現象です。本研究では、両手掌を併せた状態で振動刺激を加え、両手が運動する錯覚を惹起させました。
*目を閉じてリラックスしないと、錯覚は生じない。
②結果、運動錯覚を惹起させた群は惹起させなかった群(通常の理学療法)と比較し、安静時痛や運動時痛などの感覚的側面だけではなく、不安といった情動的側面の軽減、さらには手関節の運動機能の改善効果を示しました。加えて2か月後のフォローアップ時においてもその効果は持続していました。
鎮痛メカニズム
③ 橈骨遠位端骨折術後患者に対して腱振動刺激による運動錯覚を惹起させ、脳波を用いて運動錯覚中の感覚運動関連領域と痛みとの関連性を調査しました。その結果、運動錯覚を惹起した群は、運動時に認められる感覚運動関連領域に活動が認められました。つまり、痛みが強く運動が困難な術後患者でも、運動錯覚を惹起していることが脳活動の側面から示されました。そして、感覚運動関連領域の活動の程度と痛みの変化量(術後7日目 – 術後1日目)に有意な負の相関関係(脳活動が高いほど痛みの減少量が大きい)が認められました。これらのことから、術後早期から運動錯覚が惹起可能であり、かつ振動刺激によって感覚運動関連領域が強く興奮する患者においては、痛みに対する介入効果が大きいことを示しました。
腱振動刺激による運動錯覚で、感覚運動関連領域に認められた脳活動
*青色のほうが活動の強いことを示す.